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 私の小学校では、うさぎを飼っていた。

飼っていたうさぎが、よく居なくなって。
小屋を調べると母うさぎに食われた訳ではなく、穴を掘りすぎてどこかにいってしまったのだった。
たいてい校庭の真ん中をショベルカーで掘ると見つかった。たまに、トカゲも一緒にまぎれていた。

 

 相田友子ちゃんは飼育係だったけれど生き物が嫌いだった。

特にうさぎは、気味が悪いと言っていた。

「うさぎは宇宙人に支配されてる」と。とても可愛い子で、笑うとエクボが出来た。
 

 そして相田友子ちゃんが飼育小屋の掃除の時に居なくなって、校庭の西端のぶどうの木が枯れる頃、校長先生が代わりにやっていた飼育係にわたしが選ばれた。
 うさぎは50匹以上いた。そして一心不乱に部屋の隅を掘っている。校庭を掘らないように、板をかませたのに、ほとんどが壁に向かって突進している。私はうさぎを可愛いとも気味悪いとも思わなかった。「さっさと掃除を済ませて帰ってしまおう」 
糞の掃き捨てが終わった頃足に何かがぶつかる感触がした。足下を見ると、うさぎがまみれている。
さっきまで部屋の隅に居た筈なのに。

「あれ」足が動かない。

ぐるんと小屋を見渡すと、糞や餌で汚れた床が見えなくなっていた。全面、うさぎ、うさぎ、うさぎ。50匹くらいだったはずなのに、100匹以上はいる。気付けば、夕闇の中に取り残されている。網越しに見える校庭には誰も居ない。
うさぎはまだ増えているようだ。穴が塞がっていなかったのか、どこかから溢れ出る様にうさぎが帰ってくる。とにかく小屋から出て、校長先生を呼ぼう。網越しに見える校庭には誰も居ない。
時々うさぎを踏みながら、小屋から出た。うさぎ、うさぎ、うさぎ、ぎゅむ。
不思議な事に踏んでもうさぎはつぶれなかった。
ブワッと膨らんで、ゴムまりのように私の足を弾いた。「うさぎって潰れないんだ」
 

 小屋を出ると、校庭に誰かが立っているのが見えた。校長先生かと思って近づいて見たら、それはうさぎだった。うさぎの頭と、人間みたいな体で、真っ白な毛を纏っている。「あの」
声をかけたらうさぎは微笑んだ。うさぎも笑うとエクボが出来るんだ。もしかしたら話せるのかもしれないと思ったら、うさぎは踵を返して行ってしまった。ぶどうの木の下を通って裏門を出る。
丁寧に静かに門を閉めて行った。
 校長先生を呼んで一緒にうさぎ小屋に行くと、溢れ帰ったうさぎ達がが網にめりこんでいた。翌朝全校生徒で校庭を掘ってみると、うさぎの巣は校庭中に張り巡らされていた。更に、その後町中にうさぎの巣が広がっているのが分かった。溢れ帰ったうさぎ達は町中の巣から、故郷の飼育小屋に帰ってきたのだ。
 

 相田友子ちゃんは結局見つからなかった。そのかわり町中の巣をコンクリートで埋めた頃、相田家の友子ちゃんのベッドに、うさぎが紛れ込んでいた。相田友子ちゃんのお母さんはそのうさぎを育てる事にしたらしい。
増えたうさぎは千匹以上だったけれど、校長先生がなんとか里親を探してほとんどが里親に貰われていった。
残った一匹は、校長先生が世話するようになった。
卒業式の後、初めてそのうさぎを見たら、そのうさぎは相田友子ちゃんにそっくりだった。
わたしはお母さんに着せてもらった綺麗なドレスだったけれど、飼育小屋に入ってみた。

そしてそのうさぎを踏んでみた。白い毛の上にリボンのついた靴をのせて、ぐっと足に力を込めたら、うさぎの身体がきしむ音がして、うさぎはびくりと体を動かして逃げていった。足の裏はあたたかい生き物の感触がした。

2013(長沢秀之・心霊画への寄稿)

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